災害に備える その3(災害の記録を調べてみませんか)

東日本大震災による被災者の皆様に心からお見舞い申し上げます。
 こんにちは。

 自分が住んでいる土地ではどのような災害が起こったのかを知ることも災害に備える上では大切なことです。

 佐賀県における災害の歴史については、『佐賀県災異志』(1964年刊 請求番号S451/SA15)他の中で詳しくまとめられています。
 西暦97年から1963年までの災害を気象、地震、火災に分類し、発生日時、災害の状況が文献資料から丁寧に収集されています。
 取り上げられている災害は、気象に関するものが1058件と圧倒的に多く、地震60件、火災754件となっています。

 気象災害には、台風、集中豪雨、大雨、積雪、落雷、暖冬、寒波、干ばつ、竜巻、地滑り等多くの災害が取り上げられています。古い時期は、飢饉、干ばつ、疫病の記録が目立ちます。佐賀は、台風や干ばつによる大きな被害、飢饉を体験してきました。
 享保17年(1732)の大凶作による飢饉では、翌年多くの餓死者を出し、佐賀藩の人口37万人が29万人へ、 約20%の減少を記録していますし、餓死者のための供養塔が各所に残っています。

 地震の件数は少ないのですが、江戸時代以降、約300年間の主な地震を拾い上げてみました。
 地震が少ないとよく言われる佐賀ですが、被害も数多く記録されています。

・元禄11年(1698)9月11日
 佐嘉大地震1日26度 (三代譜略考)
・元禄13年(1700)1月
 正月26日より翌日まで大地震 (吉茂公譜)
・元禄16年(1703)
 古湯温泉、大地震ニ際シ城山崩レテ複温泉ハ埋レタリ (小城郡誌)
享保2年4月(1717)
 大地震あり強震84度に及ぶ (祐徳稲荷神社史)
・明和6年(1769)8月1日
 佐嘉表も大地震 町屋其他瓦等崩落川原小路屋敷及大破候由 (泰国院様御年譜)
・明和6年(1769)9月27日
 大地震有之 (泰国院様御年譜)
・安永7年(1778)8月12日
 大地震 (泰国院様御年譜)
・寛政3年(1791)2月21日
 大地震 (泰国院様御年譜)
・文政11年(1828)3月15〜16日
 朝より暮まで強震頻りにして数十年来の変事なりき (祐徳稲荷神社史)
天保2年(1831)10月10日
 肥前国地大に震ひ、佐賀城石垣崩れ、領内潰家多し (天保雑記)
嘉永7年(1854)11月5日
 希代之地震諸所倒家其外出来候事 (日記繰出地取)
明治22年(1889)7月28日
 神埼郡斉郷村大字柳島村の内、中津分の水田、4、5町許り破烈して、其の中より黒き小砂を吹き出せり。其の烈け目に竹を以て差込む時は二丈位は造作なく這入ると云う。右の外同村大島分にても少し地裂けたる個所ありとの事なり。 (佐賀新聞
明治31年(1898)4月3日
 佐賀地方に激震 振動時間長く各家の柱時計も大抵止まる。
明治31年(1898)8月10〜12日
 佐賀地方に強震あり。唐津地方では10日夜の初震より11、12日の夜にかけて強弱30余回の地震あり。 (佐賀新聞
昭和4年(1929)8月8日
 三瀬村地方では午后10時半頃と同35分頃の2回に亘り激しい上下動の強震があり、棚のものはひっくり返り、屋内に居た者は這って戸外に飛び出した。 (福岡日々新聞)
昭和36年(1961)2月27日
 一部では時計の振り子が止まり、戸外に飛び出す人もあった。このため、佐賀市北川副町、同本庄町、蓮池町などおよそ7,000戸が一時停電した。
【以下、『佐賀県災異志』他から補足】
・昭和41年(1966)11月12日
 佐賀市内で棚の上のコップや花瓶落下。陶器店の大皿割れる。神埼、唐津でガラス破損
・昭和43年(1968)4月1日
 佐賀市及び佐賀、神埼両郡で高圧配電線2か所切断、家庭用配線9か所切断
・平成17年(2005)3月20日
 みやき町震度6弱を観測 人的被害 重傷1名、軽傷14名、家屋被害 半壊1件、一部損壊136件

 地震はある程度の期間をおいて繰り返する傾向があります。震源地はそれぞれですが、佐賀に被害をもたらす地震がある一定の間隔で起こっているのは興味深いところです。
 地震については、全国的な規模で古文書から記録を拾い出す作業がすすめられており、「日本の歴史地震史料」(請求番号453.2/N77 拾遺1〜4)等には年代順に収集されています。

 全県的なものの他、災害別にその被害状況をまとめた資料もあります。例えば、大正3年有明海西部で起きた高潮災害については『杵島郡高潮災害志』(請求番号S451/ki58)があります。また、台風による被害を個別にまとめた資料もありますので総合カウンターでお尋ね下さい。