秋山好古・真之書簡の周辺 その3

 こんにちは。

 早速ですが、一昨年秋山好古の孫秋山哲兒氏宅から発見された書簡を題材にしたテレビ番組が、NHK BShi で11日放送されます。

 「父さん 相変わらず元気なり〜秋山好古日露戦争」というタイトルで、「語り」は松たか子さんが担当されます。
 ぜひ見たいと思いますが、午前2:00〜2:45という時間帯ですから録画するしかないか、という感じです。番組については、以下に案内があります。

http://www3.nhk.or.jp/hensei/program/p/20110210/001/10-0200.html

 この書簡については、昨年月刊誌「歴史通」(平成22年3月号)、月刊誌「文藝春秋」(平成22年3月号)でその概要が紹介されています。
 「文藝春秋」に秋山哲兒氏が書かれた「祖父・秋山好古の書簡」(p80〜82)によれば、哲兒氏の父信好氏宛に日露戦争中のものが4通、昭和初期のものが3通、その他好古の陸軍士官学校時代の成績表などがあるようです。(以下、引用は「祖父・秋山好古の書簡」による)

 一番古い書簡は、明治38年4月21日付けで、「与志子モ健子も信好モ皆々優等」ではじまり、今回の番組のタイトルにもなった「父さん不相変健気ナリ」という文言が書かれています。唇を弾が擦過したことや、ご褒美がないので「捕虜ヲ沢山送リ置ケリ」というユーモア溢れる内容です。

 また、同じ年の7月25日付けの書簡は、好古・真之の母貞子が亡くなって1ヶ月後に書かれたもので、近況の報告をすると共に「三人デ婆ヤト一処ニ夏休ミニ、祖母上ノ遺髪ヲ持ッテ松山ヘ行ヒテハドーカ」とすすめています。

 さらに、9月17日付けの書簡では、ロシア軍との休戦条約も成立し、「父サンハシバラクブリニ一休ミ」との言葉とともに「家財道具ヲ売リ飛ハシ鍬デモ買ツテ置ヒテ呉レ」と書き送っています。

 戦場からユーモアを忘れず、家族のことを思う家庭人好古の姿が彷彿とします。

 この書簡が信好氏の手元に届いた明治38年に與志さんは11歳となっています。恐らくこの書簡を読んだことだと思います。今回県立博物館で展示している好古からの書簡でも與志さんは「与志子」とも呼ばれています。

 *秋山哲兒「祖父・秋山好古の書簡」が掲載されている「文藝春秋」3月号を佐賀県立図書館ではバックナンバーとして保存していますのでご覧いただけます。